2018年9月16日に引退を迎えた安室奈美恵さんへ

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カズ()です。

2018年9月16日、歌手の安室奈美恵さんが引退されました。

そして、本日9月20日は彼女の誕生日。

僕の青春時代とともにあり続けた安室奈美恵さん。

何事も飽きっぽい性格の僕が、この25年間唯一ずっと止めずに続けられたのが『安室奈美恵さんのファン』だということ…

彼女が歩んできた歌手としての人生について、どこまで上手く書けるか分かりませんが、ファンの一人だった僕の心の赴くままに、一つ一つ記憶をたどりながらここに書きつづってみようと思います。

もしよろしければ、お付き合いください。

歌手デビュー~TKプロデュース時代

安室奈美恵さんへ

安室奈美恵さん、1977年9月20日生まれ、乙女座。

兄と姉のいる三人兄弟の末っ子として沖縄県に生まれます。

小学校5年生から歌手を目指し、沖縄アクターズスクールのダンスレッスンに毎日片道1時間以上かけて歩いて通うほどの努力の人でした。

その後中学生になり歌手デビューを目指して上京するために、

「高校に進学したらご飯が食べられるようになるんですか!?わたしは東京に行って歌手として絶対に成功してみせます!」

と東京行きを反対する当時の中学校の校長先生に、面と向かって堂々と主張するほどの意志の強い子だったそうです。

そして当時まだ14歳だった彼女が一人で東京に旅立つ日、お母さんと二人して泣きながら「行っちゃダメ!」「行く!」「行かないで!」「絶対に成功するから!」と荷物のバッグの取り合いになったんだとか。

上京後の1992年9月16日、ダンス&ボーカルグループ『SUPER MONKEY’S』のメンバーの一人として、シングル『恋のキュート・ビート/ミスターU.S.A.』でついに念願の歌手デビューを果たします。

しかし最初の数年はまったくの鳴かず飛ばず。

その後メンバーの変遷を繰り返しながら、「3年やって売れなければ歌手としての成功をあきらめて沖縄に返る」というお母さんとの約束をしてから3年目を迎えたタイムリミット直前、

1995年1月に発表したシングル『TRY~私を信じて~』がついにヒットを飛ばします。

そこからあの有名プロデューサーの小室哲哉さんとの出会いもあり、彼女は人気女性歌手として一気に芸能界のスターダムを駆け上がっていきます。

当時、高校生だった僕が初めて買った彼女のCDがこの曲でした。

下校時に学校の近くのCDショップで、当時まだ縦長のジャケットだった8cmのシングルCDを手に取って「家に帰って早く聞いてみたい!」とワクワクしたことを今でも昨日のことのように憶えています。

妊娠・結婚・出産で一年間の歌手活動休止

安室奈美恵さんへ

そんな、歌手としてまさに絶頂期だった1997年、人気グループ『TRF』のバックダンサーであるSAMさんといわゆる『出来ちゃった結婚』を発表して世間やファンを驚かせます。

このときの僕は「お母さんになった後そのまま引退しちゃったらどうしよう・・・」とばかり考えていたことを思い出します。

幸いにも僕の心配は外れ、翌年1998年の紅白歌合戦で一年間の休業から華麗に復帰を果たします。

しかし産休から復帰して間もなく、彼女のお母さんに突然の不幸が襲います。

当日予定されていたCMの発表記者会見は中止になり、彼女は失意のまま地元沖縄に飛び立ちます。

その数日後、生放送の音楽番組に終始笑顔のままで気丈に振舞っていた彼女の姿は今でもまぶたに焼き付いています。

そこには、母となった一人の強い女性の姿がありました。

『独り立ち』してからのどん底時代

安室奈美恵さんへ

その後2001年に発表したシングルを最後に小室哲哉さんのプロデュースから卒業し、海外の有名プロデューサーとのタッグで心機一転の再スタートしますが、ここから彼女の歌手人生としての試練の時代が訪れます。

シングルやアルバムがたったの数万枚しか売れないという、それまでには考えられなかったような時期がやってくるんです。

そして2004年発表のソロとして26枚目のシングル『ALARM』が、とうとうオリコンランキングの初登場TOP10へのランクインを逃してしまいます。

このときのことは今でもはっきりと憶えています。

彼女自身、「身近な人や親友にさえ『安室奈美恵ももう終わりね』と言われたこともあります」とメディアのインタビューでも答えています。

私生活では離婚も経験し、公私ともになかなか思うようにいかない日々。

それでも、そんな周囲からの心ない言葉すらも原動力にして「もう世間に媚びるようなやり方はしたくない、私は私の本当にやりたい道を行く」という歌手としての彼女の生き方をひたすら貫き続けます。

この辛い時期があったからこそ、その後の再ブレイクが訪れたのだと僕は確信しています。

僕は彼女のライブには熊本で開催された2005年と2007年の2回しか行けなかったのですが、あのときの言葉にできない感動は、今も決して忘れることのない僕の大切な思い出です。

ひたすら自分の信じた道を進んで再ブレイク

安室奈美恵さんへ

「私より歌が上手い人はたくさんいる、私よりもダンスが上手い人だってたくさんいる。でも歌とダンスの二つでなら、私は誰にも負けない自信がある!」

ブレることのない信念を胸に秘め、彼女は人気低迷の中でもひたすら自分の信じた道を突き進みます。

そして、2008年に発表したシングル『60s 70s 80s』が発売2週目の週間オリコンランキングで、彼女のシングルとして10年ぶりとなる1位を獲得。

同じ年に発表したベストアルバム『BEST FICTION』が週間オリコンランキングで6週連続1位を記録。

総売り上げ枚数も150万枚を突破し、ついに歌手『安室奈美恵』としての完全復活を果たすんです。

それから今日にいたるまでの彼女の活躍は、皆さんもご存知の通りだと思います。

そして訪れた『その日』

安室奈美恵さんへ
▲公式サイト:『Namie Amuro OFFICIAL SITE』より

2018.09.16

ファンの皆様へ

ファンの皆様、
いつも応援してくださりありがとうございます。

わたくし安室奈美恵は、
本日16日をもって引退致します。

昨年引退を発表させていただいてからこの1年、
1日1日を大切に過ごさせていただきました。

引退という選択をした私に対し、
ファンの皆さんにも色々な感情があったかと思います…

それでも、
最後は笑顔で送り出そうと思ってくださる
ファンの皆さんの優しさに心から感謝しています。

実りある25年間をファンの皆さんと過ごせた事、
応援してくださり、支えてくださった事、
改めて感謝の気持ちでいっぱいです。

「ありがとうございました。」

25年間ほんの一瞬でも
ファンの皆さんの心に寄り添える歌手でいられたなら嬉しく思います。

応援してくださったファンの皆様、

「25年間ありがとうございました。」

安室奈美恵

公式サイト:『Namie Amuro OFFICIAL SITE』より

※公式サイトは安室奈美恵さんの引退に伴って、2018年9月30日(日)をもってサービスを終了するそうです。

おわりに

どんなに逆境に立たされても最後まで決してあきらめない。

自分の信じた道を極めるために何度でも挑戦し続けたその姿。

まざまざと見せつけてくれた愚直すぎるほどのあなたの生き様。

ずっと、忘れません。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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