【大河ドラマ『いだてん』】当時90歳だった金栗四三の貴重なインタビュー!日本のスポーツ発展への熱い思いが明らかに【週刊山崎くん】

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大河ドラマ『いだてん』金栗四三のインタビュー

金栗四三が語った『日本のスポーツ発展のカギ』とは!?


▲▲▲▲▲『いだてん』の主人公『金栗四三』の特集記事はコチラ↑▲▲▲▲▲
 
 
こんにちは!くまモン県民の
カズ()です。

 
昨日、熊本のローカル番組『週刊山崎くん』で、当時90歳だった金栗四三さんのインタビューが放送されていました。
 
 
『週刊山崎くん』は1994年からRKK(TBS系列)でゴールデンタイムに放送されている、温泉やグルメ情報など熊本県の魅力を伝える地域密着の情報番組です。
 
 
その週刊山崎くんで昨年からMCをされている、熊本県出身で女優の宮崎美子さん。
 
 
宮崎美子さんと言えば、そう!大河ドラマ『いだてん』で金栗四三の母・シエを演じておられますよね。
 
 
今回の放送では『全国が注目!金栗四三を巡る旅』と題して、MCの宮崎美子さんが金栗四三さんの地元・玉名を巡るロケをしておられました。
 
 
その中で、当時90歳だった四三さんと妻のスヤさんのお二人が、そろってインタビューを受けられている貴重な映像が放送されたんです。
 
 
日本のスポーツに対する四三さんの熱い思いが語られていたので紹介したいと思います。

当時90歳の金栗四三がインタビューで語った内容とは

金栗四三さんが晩年を過ごした玉名市にある池部家。
 
 
その池部家で、卒寿記念として当時90歳たった四三さんが妻のスヤさんと一緒にインタビューを受けておられる貴重な映像が放送されていました。
 
 
【1981(昭和56)年8月20日放送】
 
 
インタビュアー「先生、90歳で卒寿でございます。本当におめでとうございます」
 
 
四三さん「ありがとうございます」
 
 

90歳まで元気に長生きする秘訣

 
 
四三さん「秘訣があるかどうか分らんけれども、やはり注意ですな。体の点について用心する、注意する」
 
 
スヤさん「自分でしっかり自分のことを用心しますから感心します」
 
 
四三さん「昔わたくしがマラソンをやったのはね、健康とかね、それから今度は長生きしようと思ってやったんじゃないんです。勝負一点張りでどうしてもオリンピックに勝たなんと、いっぺん負けたけん。そのために無理ばっかりやったんです」
 
 
四三さん「90歳までは普通の人あたりは生きると。それが生きられないのは、例えば酒を飲みすぎると。タバコをのみすぎるとか、食いすぎるとか、偏食する。そういうののおかげですな」
 
 
四三さん「それからまた、精神の持ち方もあり、くよくよするとか泣き叫ぶとか。そういう点あたり、早くそういうことを忘れて精神を安定させれば」
 
 
四三さん「注意しとくというのは難しい。ほどよくやれば長生きする」
 
 

女子教育の振興に尽力

 
 
インタビュアー「今まで90年の間にいろんなことをなさっていらしてますね。女子の師範学校にみずから望んで赴任してらっしゃる」
 
 
四三さん「わたくしはオリンピックに三回行った。第5回、第7回、第8回。13年ずっと走って日本で一番を通した。なんで(オリンピックで)負けたかわからんだった。それで考えたのがですね、根本の体をつくり直さなん」
 
 
四三さん「男ばかりではいかんから、女のお母さんの体をつくらないととても勝てん。そういう考えから、女子お母さんとなる人にもっと体の大切さを知らせて、実行させる。そして50年経ったならばなんとかなろうという訳で、女子師範学校で取り組んだ」
 
 
インタビュアー「ジョギングする人も含めて、日本で500万人の人がですね、走るようになったんだそうです」
 
 
スヤさん「そうでございますね」
 
 
インタビュアー「これはもう、先生にとっては大変に喜ばしいことですよね」
 
 
スヤさん「はい喜んどりますたい。(四三さんが)和歌ば書いとります」
 
 
四三さん「『七十年 日本各地を駆け回り 今ぞ花咲く マラソンの花』て。そればね、(色紙に)書いてやった」
 
 
スヤさん「友達にやったらとても喜んでですね。お返事がきました」
 
 
四三さん「向こうで配ってやったそうです」
 
 
-インタビューここまで-
 
 
生前の四三さんとスヤさんの貴重なインタビュー。
 
 
熱心に話されている四三さんを、となりで優しく見守っておられるスヤさんの笑顔が印象的でした。
 
 

隙あらば四三さんの話に割り込んでくるスヤさんがとてもほほえましかったです(*´ω`)

ふるさと玉名で語られた金栗四三の数々のエピソード

・四三さんは甘いもの好きだったそうで、特に『いげの葉だんご』という団子をよく食べられていたんだとか。
 
 
いげ(サルトリイバラ)の葉でくるんだ米粉だんごだそうで、学術名:山帰来葉(さんきらば)。
 
 
お盆の時期に食べられるお菓子なんだそうで、四三さんは一度に三個はペロッとたいらげたんだそうですよ。
 
 
・四三さんは90歳ごろまで池部家から近くにある小田小学校までの往復2kmを朝夕の2回歩くのが日課だったんだそう!すごい…
 
 
・妻のスヤさんは毎朝東西南北に向かって、家族の健康と幸福を願ってお祈りをしていたんだそう。
 
 
四三さんが全国に遠征に行かれたりすると、「まだかなぁ…」とスヤさんが四三さんの帰宅を待つ姿がよく目撃されていたんだとか。
 
 

スヤさん可愛い(*´ω`)

 
 
・晩年、四三さんが一番大切にしていたアルバム。
 
 
そのアルバムの最終ページに嘉納治五郎先生の写真が貼られていたんだそう。
 
 
四三さん、本当に嘉納先生のことを尊敬していたんですね( ˘ω˘ )
 
 
・東京での生活時代、すき焼き店で一人前の牛肉では足りずに自分で豚肉を持ち込んで食べられていたとのこと(笑)
 
 
・体を強くして足が速くなるために、食生活でもさまざまな工夫をされていた四三さん。
 
 
「とにかく生卵ば食べろ」と。
 
 
玉名ラーメンにも生卵が入っているお店があるんですが、この四三さんのエピソードが関係している、かも?(;´∀`)
 
 
・四三さんがよく来店されていた『菓舗 菊水堂』。
 
 
お店の初代・政雄が四三さんと仲が良かったそうで、お店の縁側でおしゃべりしながらよくお茶とお饅頭を楽しんでおられたんだとか。
 
 
その四三さんが愛していたお饅頭が、菊水堂さんの『長者饅頭』。
 
 


 
 
僕の父も外出したときには必ずと言っていいくらい、ここのお菓子を買って帰ってきてくれました(*´ω`)
 
 

これホントおいしいんですよ♪

おわりに

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テレビ局の垣根を越えて盛り上がりを見せる熊本は玉名の地。
 
 
『日本マラソンの父』の故郷で玉名ラーメンや四三さんが愛したお菓子を堪能しつつ、ゆっくりと温泉を楽しんでみてくださいね(*’ω’*)
 
 
ここまで読んでいただきありがとうございました。

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